Dec 15, 2009

深刻化している看護師求人

看護師求人が深刻化している地域があります。都心でも地方でも深刻化の違いはありますが、看護師が足りない状況になっているところは多いです。看護師求人をよく見かけますが、やはり病院の状況は、看護師不足になっているのでこのような状況の中、あえてジャンプに入る看護師はいないようです。
勤務形態は、性別や年代に応じて変える必要があるときは、この出てきていますね。医師の場合もそうだと思います。医師の求人を探すなら、インターネットの転職サイトを利用してみるといいですよ。転職サイトならば、働き方に応じて医師の求人を簡単に見つけることができます。また、経験豊富なアドバイザーとご支援をお願いすることも可能です。
 絵本「かばくん」などを残した童話作家で詩人の岸田衿子(きしだ・えりこ)さんが7日午前、髄膜腫のため神奈川県小田原市内の病院で死去した。82歳。葬儀は近親者で済ませた。お別れの会を後日開く。喪主は長男未知(みち)さん。

 東京出身。劇作家の岸田国士(くにお)の長女で、女優の岸田今日子は妹。東京芸術大油絵科を卒業後、結核療養中に創作活動を始めた。詩人の川崎洋や茨木のり子が創刊した詩誌「櫂(かい)」に参加し、詩集「あかるい日の歌」などを発表した。

 「ジオジオのかんむり」など童話や絵本も数多く手掛け、アニメ「アルプスの少女ハイジ」や「フランダースの犬」などの主題歌の作詞をしたことでも知られている。詩人の谷川俊太郎さん、故田村隆一さんは元夫。

 大阪に春の訪れを告げる造幣局(大阪市北区)の「桜の通り抜け」(14〜20日)を前に13日、高齢者や障害者ら約2000人を招いた「特別観桜会」があった。今年の桜は昨年より1種増えた128品種、352本。

 招待客は北門近くの八重桜「夕暮」などを前に記念撮影するなど花見を満喫。造幣局によると今年は全体的に3分咲きと開花が遅く、週末から週明けにかけてが一番の見ごろという。

 今年の通り抜けは東日本大震災を受けて夜間ライトアップを中止し、観覧は平日午前10時から午後5時(土、日は午前9時から)。また会場内の4カ所に被災地支援の募金箱を設置する。【稲垣淳】

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和歌山県の紀三井寺で


 人気絵本「かばくん」で知られる童話作家で詩人の岸田衿子(きしだ・えりこ)さんが7日、髄膜腫のため神奈川県小田原市内の病院で死去した。82歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行った。お別れの会を後日開く予定。喪主は長男、未知(みち)氏。

 東京芸術大学油絵科卒。画家を志したが、胸部疾患の療養を機に詩や散文を書き始め、昭和30(1955)年に詩集「忘れた秋」を発表。中谷智恵子さんが絵を担当した「かばくん」を発表。福音館書店の月刊誌「こどものとも」で発表した「かばくん」が、同38(1963)年の第10回サンケイ児童出版文化賞の大賞を受賞。昭和49(1974)年の第21回同賞でも「かえってきたきつね」で大賞を受け、童話作家として注目された。動物園のかばの一日を描いた「かばくん」は欧米で翻訳出版され、高い評価を受けた。

 代表的な詩集に「あかるい日の歌」や「ソナチネの木」。絵本に「ジオジオのかんむり」などがある。

 外国の児童書や絵本の翻訳でも活躍。訳書に「なかないでくま」など。テレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」などの主題歌の作詞も手がけた。父は劇作家、故岸田国士氏、妹は女優の故岸田今日子。

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 震災から1カ月が過ぎ、行方不明者の捜索は厳しさを増すばかりだ。気温が上がれば遺体の腐敗も進行する。津波で多くの住民が逃げ遅れた岩手県大槌町安渡(あんど)地区で、捜索を続ける陸上自衛隊に同行した。

 「ビニール手袋を着用しろ」。10日午前9時過ぎ、岩手駐屯地第9高射特科大隊第1中隊の佐藤茂夫中隊長(51)の声が響いた。緑色の革手袋を外し、薄青い手袋をつける5人ほどの隊員たち。感染症にかかるのを防ぐため、遺体を触る際はビニール手袋をつけるよう命じられている。中隊長の指示は遺体発見を意味していた。

 「見つかったんだって」「何歳ぐらいですか」。近くの高台で避難生活する住民が集まってきた。がれきに埋もれた遺体は損傷の激しい場合もある。隊員たちは住民にショックを与えないよう、周囲を青いシートで覆った。「60代ぐらいの男性です。ベージュ色の服を着ています」と中隊長。心当たりのある住民数人がシート内に入り、身元を確認した。

 捜索は3月末ごろから連日続く。津波が残した潮のにおいが漂う中、14人の隊員が高さ10メートルほどのがれきを重機と手で黙々と取り除く。発見できる遺体は1日1、2体だが「これほどのがれきの撤去はボランティアではできない」と住民たち。大船渡市出身の滝田真一2曹(42)は自宅が津波で半壊、友人2人が行方不明になっている。

 「被災者の気持ちはよくわかります。一人でも多くの遺体をご家族に渡したい」【桐野耕一】

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